日月之和

神道 周易 森羅万象

命の系譜  

祖

先週から目を閉じると四、五人が踊っています。光を放っているので輪郭ぐらいしか見えないのですがその光の軌跡が美しい。
寝ようとして目のまえで不思議な踊りを繰り広げられると眠れません。
目を開けて寝直そうとしても続きが出てきます。

やれやれと思い、あきらめてそのまま見続けることにしました。
美しい光や映像が続き、見ている内に寝てしまったのですが起きてから気づきました。
そういえば、夏恒例の盆踊りかなと。それにしては神楽っぽいのですが。

数年前に寝ようと目を閉じると、いきなり平安時代の家の濡れ縁(簀の子)のようなところに立っていました。
角を右に回ったところに束帯を着けた男性がいる。
じっと下方を見つめている。
ここは丘の上のようになっていて、丘の下の方には、とてつもなく巨大な鳥居がある。
そこから数え切れないほどの沢山の人が出てくるのです。
様々な時代、階級、職種、大人に子供がわらわらと鳥居から出てきてこちらの方に向かってくる。
中には楽しそうに踊りながらやってくる人もいる。よくみれば動物もまざっているような。
私は群衆に驚いてしまいました。
あれらの人はどうやらご先祖様らしいときづきました。動物は彼らにかわれていたのかな?

ところで隣で涼しい顔をして彼らを見つめているのは誰なんでしょうか。
微動だにせず、それでいて緊張した風もなく、いたっていつものことというような構えでした。
静謐とはこういうことを言うのかなと思わせるようなたたずまいでした。
話しかける勇気もなかったので眺めているだけでしたが未だの人物です。

残念ながら寝てしまったらしくその後の事はどうなったのか分かりません。

はじめの踊りですが、大体いつも始まりの合図のようなものなので、もう少し我慢して起きていれば鳥居から出てくる人が見られたのかな。また、あの束帯の男性とお目にかかれたのかもしれないと思うとちょっと残念でした。

先日、周易の勉強会で人類のたどった歴史を聞きました。
生物が発生してから今の人類に至るまで全ての生物に同じDNAがあること。
つまり、今ここにいる私という人間は、元をたどれば凄い数の先祖がいるわけです。
私という個人までたたれることのなかったつながりがある。
人は孤独にはなれないのだなと思いました。
一人で生きていると思ってもこれだけの命に私達は支えられて生きているのだと思うと自分を粗末にすることが出来なくなります。

生命のつながりということを思うと空の星を眺めるのと同じ畏敬の念を感じ得ません。
人類は皆兄弟どころではないのですね。

そんなことを思いつつ、先祖に感謝の気持ちを伝えたい。
親を含めて直近のご先祖と少々気が合わなくても、愛情を注いでくれなくても、この中にはきっと心がわかり合え、とことん愛情をもってくれている人がいるはず。
まあ、そういう人が守護霊となっているのだと思いますけど。


にしても、あの人は誰なんだろう。



いのちはときのなかを ながれながれて  
    とこしえのきろくを  ふたえのらせんにつむぎゆく
わたしはこのうたを うたいかたりて 
    せつなのきおくを ひとのこころにきざみゆく








夢・白昼夢・夢解きの関連記事

category: 夢・白昼夢・夢解き

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - janre: 心と身体

tag:   周易    先祖 
tb: 0   cm: 0

影-景-陰-蔭-翳  

景 かげ 

易の年表を作っているのですが、できるだけ人の心の軌跡も取り上げていきたいと思っていました。
なぜならば人が築き上げてきた全てのものは人の思い、心が作ってきたものだからです。
人は何を思い、何を感じ、何を残そうとしたのか。

その心の軌跡は残されているものからしかたどることが出来ないわけです。
調べている内に、遠い祖先の、心に響く副葬品のことをしりました。
それは、北海道、東北の縄文時代の遺跡から発掘された足形付土版です。
足形も手形もあるのですが、その多くは子供のものです。

土版には穴があいていて糸を通して下げられるようになっているそうです。
今も子供が誕生すると手形と足形をとることがよくありますね。
昔の人も同じ気持ちだったのでしょうか。

亡くなった人を思い起こすよすがとしてその人の何かを残しておきたいと思うのは今も昔も変わらない思いです。
幼くしてなくなった子であればなおさらと思います。
手形や足形を写し取り、それを常に傍らに置けば、個人の在りし日の姿をより鮮明に思い起こすことが出来るのでしょう。

この世の形を写し取り、何かに投影する。それが影。
なくなった方の写真を遺影というでしょ。
本体を別のものに投影したものが影。

生きている人が光であるならば、んでどこかにその光を隠された人は影となる。
魂のことも影という。
影は見えないわけではない。
水面にうつる月は月の影。暗い中に浮かび上がる光も影。

影(陰)ではあってもその中には光がある。
人は亡くなった人の面影をその光の中に見るのでしょうね。

影は明るい中にあっては暗く、暗い中にあっては明るいのです。

そしてそれはこの世の様をくっきりと私達に見せてくれるし、もしかしたらあの世の様も見せてくれているのかもしれない。

影と光があってこの世界が成り立っているのですね。







易経の関連記事

category: 易経

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - janre: 心と身体

tag: 古代人  縄文      祈り  周易  易経 
tb: 0   cm: 0

慈しみの心-生き延びなかった人々  

慈


ずいぶん昔になりますが、一時、夢中でよんでいたライアル・ワトソンの本の中に忘れられない話があります。

ワトソンの少年時代、南アフリカのケープタウンよりさらに南のケープポイントという荒涼とした一帯にある骸骨海岸、そこにある貝塚を築いたアフリカの言葉で「ストランドローバー」、海辺の散策者(ビーチウォーカー)と呼ばれるものの骨を見つけた話です。

その姿は、小柄な男性で体の左側を下にし胎児の姿勢で横になっていた。
小さな手に小さな顔、そこに並ぶ細かな歯、しかしながらその頭は巨大であり、今の人類の頭脳容積より30%も大きい。
大きな頭脳を持っていたにもかかわらず、彼らは物質文明を持たず、海岸で食料を拾い、小さな手では開けられない貝を開けるための石を使うぐらいしか道具というものを持たなかった。
科学的にはボスコ人として呼ばれ学問的に意味を持たない種族とされた。


彼が生きた時代はワトソンが書いてあることによれば
「アフリカの人里離れた海岸で海辺にたたずみ氷河期の到来を静かに眺めた」
とあるので、ほぼ8万年前くらい前から7万年前なのでしょう。
トバ火山はまだ噴火はしていない頃。彼らは地球上の生物に降りかかった厄災をのりきることはなかった。

彼らは砂浜で食べ、砂浜で眠り、砂浜で貝塚を築き、そして消えていった。

彼らには文明への芽吹きはなかったのだろうか。

横たえられた彼の姿勢は礼が尽くされていた。
胎児の形態にされた形、そして心臓のある左側を下にされ、その右手には一つの贈り物が握らされていた。
それは大きな巻き貝の蓋だった。
握った右手はお臍に押し当てられているようだった。



彼が手にしていたものはとりわけ美しかった。一方の面は、雲入りの水晶玉のように、深い半透明の光をたたえ、小さな丘を成す真珠そのものだった。
もう、一方の平らな白い面には、縁の方から中心の消点に向かう、細くて緩やかな、完璧な螺旋が描かれてあった。



後年、わたしも水晶や螺旋について、そしてそれらの古代における神秘的な意味や瞑想における利用法について、知ることになった、しかし、30年たった今になって,簡素な形や形態にいかに多くが込められているか、宇宙的な覚醒への道程において、それらがヒントや手かがりとしていかに重要か、ようやくわかりはじめたところだ。



文明を持つことがなく、進化の奇形といわれたこの種族は、美しい最良のものを者に捧げる文化があった。
加工することもなく、自然の神秘的な美しい螺旋模様をもつ貝の蓋は何の為に献げられたのだろうか。
この世の別れの時に、彼を送った人は、彼のお臍にもっとも美しい模様を持つ貝の蓋をあてがった。
臍はこの世に生まれてきたとき、彼を慈しんだその母とつながっていた。
次なる母親と出会うためには、最上のものに臍は守られなくてはならなかったものなのではないのだろうか。
美は邪を払う。
亡き人のためにもっとも美しい模様をもった貝を探し、来世を願う、そんな祈りを私は感じた。

彼らはこの世からあの世へ、そしてまたこの世へと導く螺旋の中を、その大きな脳で、来たるべき世界、過ぎてきた世界の夢をみながら通り過ぎていったのだろうか。


ライアル・ワトソンは彼らの姿を未来の人類の姿に重ねる。
未来の人間は、頭でっかちで手足の細い彼らのような姿になるとすれば、すでに未来人は生まれ消えていったのではなかろうかと。

しかし私は、未来人の姿が物質文明の結果であるならば、ビーチウオーカーの姿は、精神文化の初発の象徴にも思える。

人のは、抽象的な思考を産む、見えない世界を考える。存在について考える。を思う。
自分とは何か。哲学宗教が形になるのはこのずっと後だ。でも、もう始まっている。

彼らは砂浜にすわって何を思っていたのだろうか。





本の話の関連記事

category: 本の話

thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - janre: 心と身体

tag: 古代人    哲学  宗教    ライアル・ワトソン  螺旋   
tb: 0   cm: 0