神道、周易 見ると観る

ご挨拶

台湾で周易を勉強しています。  台湾で出会った老師は、易経は占いでもなく、学問でもない。人がどう行動し、生きていくかの指針である。生活に生かしてこそのものである」 「日本人は易の本当の精神を昇華し具現している。人々の振るまい、日本語の中のあらゆる処に易の精神が現れている。と言います。  私は、日本人の行動原点、易経と神道の共通する部分などを日常の中で見つけて行きたいと思っています。 周易と同じ基盤を持つ道教、そして神道。皆、つながりがあります。 人々が交流すれば文化も交流します。価値のある考え方をそれぞれが生活に取り入れていったものと思っています。 私自身、ものごとはなるべく単純に考えていきたい、そして表現もシンプルにと心がけております。 ちなみにエニアグラムタイプ5です。ウイングは4です。 特技は、自覚夢をみること。夢はシャーマニズムのある一つの原点と思っています。

📖

金剛石も磨かずば  

金剛石も磨かずば  珠の光は添わざらむ
人も学びてのちにこそ まことの徳はあらわるれ
時計の針の絶え間なく めぐるが如く時の間の
日陰惜しみて励みなば いかなる業(わざ)かならざらむ

水は器に したがいて、そのさまざまに なりぬなり。
人は交わる友により、よきにあしきになりぬなり。
己に優まさるよき友をえらび求めて、もろともに、
心の駒に鞭うちて、学びの道に進むべし。
昭憲皇太后 御製



家の片隅でこの歌を見たのは小学校二年生くらいだったかと記憶しています。
たしか、私が生まれた年に親が買ったのか、もらったのか、大部の子供向け文学全集の中の一冊に挟まっていた紙に書かれていたような記憶があります。全、数十冊あった本も最後には古本屋にも売れないほどぼろぼろになりました。
このときの私は金剛石がなにか全く分からなかったのですが、イメージとして金のなんかの種類だろうと思っていました。
磨くと金の光が出てくるような。
ダイヤモンドだったのですね。

ほかの数十冊分の物語は忘れてしまっても、なぜかこの歌は折りにつけ思い出す事がありました。
後になってから誰の歌か調べたところ明治天皇の皇后である昭憲皇太后の御歌でした。
お子様のいらっしゃらなかった昭憲皇太后は女性の教育に熱心な方でした。
もちろん、明治天皇も国民の教育に熱心な方でした。

日本という国は男女を問わずもともと識字率の高い国でした。読み書きソロバンは生きていくための最低限必要な能力でありました。

天皇皇后両陛下のお気持ちとして、明治維新という外国文化が押し寄せてくる時代にさらに高い教育が必要であると強く感じられたのだと思っています。

明治天皇の御製である「教育勅語」は、今や日本という国を避難するが為に政争の道具として使われていますが皆さんちゃんと読んでいるのでしょうか。

中身も知らずにあれこれ言う人が多いのではないかと思います。明治神宮にいらした折りには是非教育勅語をお持ち帰り下さい。

金剛石の歌は、今から思うとまさに易経の中に現れる言葉そのものと感じます。
昭憲皇太后の教育係の方が女性の漢学者でその教育は儒教に基づいたものであったと言われています。
そのようなことも関係しているのでしょうか。

易経というのは、先達によれば世間の大常識です。
日本人はこの常識をよく理解していた民族です。

老子が水の徳について、先ずは低きものから潤していき、どんなものにも沿うことができる。といってました。
まさにこの歌ではそのように柔軟であれと言っています。

友は選ばずとも同じような人たちが群れるのです。類は友を呼ぶ。
さあ自分の同類はどんな方なんでしょう。

類を見極め類から抜け出す、あるいは類となることを自ら選び、切磋琢磨(論語)して進んでいくことを柔和なことばで諭しているのです。

このような教育を理想としてきたからこそ、今の日本人は,文字を書き、ものを読み、自分の頭で考え判断すると言うことができるのです。

自分の頭で考えることがそれぞれが自らの場所で身を立て、生きていく事ができるのです。


義務教育とは言いますが権利でもあるのです。

教育を受ける権利を勝ち取らなければならない国も多い中、教育の高い理想を掲げ、重要性を広く世の中に知らしめた教育勅語の価値はおとしめようもありません。
権利だからと言って権利をたてに努力もせずによい学校に入ろうとしてもそれは無理です。
類は友をよぶのです。
さてどの類に入りましょうか。



その人なりの人生を送るために教育は誰もが平等に受けられるべき、受けるべきです。 自助努力も必要ですね。

「おいらは自慢じゃねえがこの辺でいちばんあたまがいいんだ。」
上庠の成績は一番だった。・・本当は上庠だっていけねえんだ。・・それを母ちゃんが一生懸命頼んで入れてもらった。成績がよければもっと上の学校へ行けて・・役人になれる。
・・・少學には半獣は入れられねえんだとさ」
十二国記 月の影 影の海



category: 日本の霊性

thread: 文明・文化&思想 - janre: 学問・文化・芸術

tag: 勅語  十二国記  易経  周易 
tb: 0   cm: 0

責難は成事にあらず  

責難は成事にあらず
十二国記 華胥の夢


またしても、十二国記からの一言です。
今の国会の状況を見ているとこの言葉が浮かびます。

前王の政に不満を持ち、立ち上がった若者たち、高斗という党を作り、正道を掲げ、前王をことごとく糾弾しました。
そして、やがて王は天の信を失い、朝は沈みました。

そして、高斗を率いていた砥尚が麒麟によって王に選ばれました。
王はまだ幼い采麟に「華胥の夢を見せてあげよう」と約束し、「夜毎、現が夢に近づいて行くのを確かめられるように」と国のあるべき姿を夢の形で見せてくれる華胥華朶を与えた。

しかし、新王率いる朝は夢には全く近づかず、采麟は失道し、朝は沈んだのです。
禅譲した王が残した遺言が「責難は成事にあらず」でした。
人を責め、非難することは、何かをなすことではない。

前王を責める事ができる自分たちは政の何たるかを知っていると思い込んでいた。
王の座についてもその姿勢は変わらなかった。批判するに長け、治めるに無能であった。



さて、今、国を糾弾している人たちは国をどこに導こうとしているのでしょうか。
その国の姿は見えているのでしょうか。

国の首を引きずり下ろすことにのみ夢中になって、引きずり下ろしたその後、国はどうなるのか考えているでしょうか。
首なき国家、ただ混乱のみがある国には他国は見向きもしないことは今、身近にある国の状況を見ればわかることではないでしょうか。

今、難しい国際情勢の中で誰が国を導いていけるのでしょうか。
あまりにお粗末な、根拠不明なことを楯に国家を揺るがすことの重要性をお感じかと、そしてその結果はどなたが責任をとるのでしょうか。

国の舵取りをするような能力があれば、今回のことは国会の審議にかけるまでのことではないこと、国会という場では他にもっと重要な審議すべき事があることがおわかりなはずです。
別の場でなすべきことをわざわざ国会という重要な場に持ち込み、貴重な会期を無駄にする。
それが国民の利益につながるのでしょうか。国を守る事につながるのでしょうか。


砥尚は、理想の国のあるべき姿を思っていました。それでも、その理想には近づけなかった。
しかしながら、砥尚は、禅譲という形で位を譲り、次王に采麟を託す事で国と国民に希望を残したのです。

今、国会を混乱させている人達は、国のあるべき姿をその心の中にもっているのでしょうか?
真摯に日本という国、日本の国民のことを思っているのでしょうか。
彼らに私は希望がもてないのです。


諸君は、私が国をどこに導くのかと聞いた。
これが答えになっただろうか。
十二国記 風の万里 黎明の空 













category: 日記

thread: ライトノベル - janre: 小説・文学

tag: 易経  十二国記 
tb: 0   cm: 0

王  天下は仁道をもってこれを治べし  

初勅
私は慶の民の誰にもになってもらいたい。

・・・・
人は誰の奴隷でもない、そんな事のために生まれるのじゃない。
他者に虐げられても屈する事のない心。災厄に襲われてもくじける事のない心。
不正があればただす事を畏れず、獣にこびず、私は慶の民にそんな不羇(ふき)の民になってほしい。
己という領土を治める唯一無二の君主に
そのためにまず他者の前で毅然と頭を上げる事から初めてほしい。
・・・・・これをもって初勅とする!

十二国記 風の万里 黎明の空



王

です。
とは仁徳をもって天下を治める。
字を見ても分かるように天と地の間に立って天の意を伝え、地を治めています。
古代中国は天の意によってが定められ、天の意に順った政治を行うことが善でした。

周代までは、天子のみをとよんだので、周礼に基づくこの物語の中で「民の誰にも王になってもらいたい」という言葉は、官吏にとっては(麒麟にとっても)、相当衝撃的であったでしょうね。
周代以降は、諸侯(公)も自らを王と名乗ったそうです。

仁道で治める王に対し武力で天下を制圧するものを覇者と言います。覇道ですね。

では。天人地を三才と言います。天の三つの素材です。宇宙を構成する三つの要素の事です。
それらにはおのおの性格があります。
三才
の大成卦では上の2爻が天道、中央の2爻が人道、下の2爻が地道です。
の爻は下から数えます。奇数に陽、偶数に陰が来るのが正しい位です。
地道、1爻目の陽は剛。2爻目の陰は柔。剛柔 堅いものが陽、柔らかいものが陰
人道 3爻目の陽は仁。4爻目の陰は義。仁義 相手になす事が仁。自らになす事が義です。
天道  5爻目の陽は陽。6爻目の陰は陰。 陰は消極。陽は積極。
こうしてみると陰と陽との区別はわかりやすいと思います。力で言えば遠心力が陽で求心力が陰。
すべてのものにはこのような陰陽の性質があります。

人の道を極めるには仁義が必要です。人、社会、国に及ぼす徳が仁。自らにむかい自らを正す事が義。
地が陰であり女性が陰であるのも、自らの中に柔らかく生き物を宿し、育む事を思えばよく理解できます。

機械で言えばハードが陽で、ソフトが陰ね。表に現れずに働くものです。ちなみに智恵は陰。知識は陽。

王という字は、天道、人道、地道を示す三本の横線に一本柱のごとく貫いているものがあります。
王は天人地を貫く洞察力を持ち、天命、天のインスピレーション(天啓)をもって天下を治めるのです。

天勅
原初に九州四夷あり 百姓条理を知らず、天子条理を知れどもこれを嗤いて敬うことなし 天地の理を蔑ろにし、仁道を疎かにして綱紀を軽んずること甚だし 風煙毎に起こりて戦禍万里を燼灰にす 人馬失われて血溝を刻み大河となす・・・

天帝悲観して決を下す、我、いまや九州四夷を平らげ、盤古(ばんこ)の旧(ふるき)にかえし、条理をもって天地を創世し、綱紀をもってこれを開かん、と。
・・・・
大綱の一に曰く天下は仁道をもってこれを治むべし

十二国記 風の海 迷宮の岸








category: 易経

thread: 文明・文化&思想 - janre: 学問・文化・芸術

tag: 周易  十二国記     
tb: 0   cm: 0